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東京地方裁判所 平成元年(ワ)7541号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金九一四万六六二円及びこれに対する平成元年六月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外江原謙治(以下「江原」という。)は、昭和五八年三月一一日、原告に対し、訴外石倉工業株式会社が原告に対して負担する売買代金、手形金等の一切の債務について連帯保証する旨約した。

2  原告は、江原を債務者として、原告が訴外石倉工業株式会社に対して有する約束手形金債権合計三七五四万二七五二円について、原告が前記1記載の連帯保証契約に基づき江原に対して有する右同額の連帯保証債務履行請求権を被保全権利として、江原所有に係る別紙不動産目録一、二記載の土地建物(以下「本件第一不動産」という。)及び同目録一、三記載の土地建物(以下「本件第二不動産」という。)につき、仮差押えを申請し(東京地方裁判所昭和六一年(ヨ)第七七六〇号事件)、昭和六一年一一月二五日その旨の仮差押決定を得た。

3  原告と江原は、昭和六三年一月二六日、東京地方裁判所昭和六二年(モ)第一四三四三号仮差押異議事件の口頭弁論期日において訴訟上の和解をし、右和解において、江原は、原告に対し、前記2記載の連帯保証債務として二五〇〇万円の支払義務のあることを認めた。

4  訴外石倉工業株式会社は、被告に対し、本件第一及び第二不動産につき、被告を権利者とする別紙抵当権目録記載の根抵当権設定登記を経由した。

5  本件第一及び第二不動産は、それぞれ担保権実行としての不動産競売手続において売却され、本件第一不動産については東京地方裁判所昭和六二年(ケ)第二九〇号不動産競売事件において昭和六三年五月三一日に、本件第二不動産については同裁判所昭和六三年(ケ)第七七号不動産競売事件において平成元年一月二五日にそれぞれ配当が実施されて、被告は、それぞれ一三三八万九四〇円及び一六五二万一九七二円の配当金の交付を受けた。

他方、原告は、本件第二不動産について右不動産競売事件の配当手続において、第二順位の担保権者であった被告並びに下田市役所(交付要求債権三四万四〇〇円)及び台東都税事務所(交付要求債権四二万一八五〇円)の後順位債権者であった。

6  被告は、本件第一及び第二不動産について極度額二〇〇〇万円の共同根抵当権を有していたにすぎないのであるから、右各不動産の競売手続を通じて合計二〇〇〇万円を超えて原告に対して優先的に弁済を受けることはできないはずであった。その結果、原告は、被告が両競売事件の配当手続において二〇〇〇万円を超えて配当金を取得した部分九九〇万二九一二円から、先順位の下田市役所等に配当されるべき七六万二二五〇円を控除した残額九一四万六六二円について配当を受けられるはずであったのに、これを受けられなかった。

よって、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、金九一四万六六二円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成元年六月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因第2、4及び5項の各事実は認め、同第1及び3項の各事実は知らない。同第6項の主張は争う。

三  被告の主張

原告は、東京地方裁判所昭和六三年(ケ)第七七号不動産競売事件における平成元年一月二五日の配当期日に適式の呼出しを受けながら出頭せず、右期日において配当異議の申出をせず、所定の期間内に被告に対して配当異議の訴えを提起することもしなかった。したがって、原告は、右配当実施後において、被告に対して不当利得の返還請求をすることはできない。

四  被告の主張に対する原告の認否

被告主張の事実は認めるが、不当利得の返還請求をすることができないとの主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因第2、第4及び第5項の各事実並びに東京地方裁判所昭和六三年(ケ)第七七号不動産競売事件における平成元年一月二五日の配当期日に、原告が適式の呼出しを受けながら、右期日に出頭せず、配当異議の申出及び配当異議の訴えを提起していないことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、同第1及び第3項の各事実を認めることができる。

二  担保権実行としての不動産競売手続において、配当に与かるべき一般債権者が、配当期日に出頭しないまま、右期日に配当異議の申出をせず、配当異議の訴えも提起しなかった場合に、配当が実施された後に、他の債権者が実体的に不当な配当を受けたとして、その債権者に対し不当利得返還請求をすることができるか否かが、本件訴訟の争点である。

配当表は、原則として、債権の計算書その他の資料によって認められる各債権者の債権の性質及び額について実体法の規定を適用して配当の順位及び額を決定して作成されるものであるが、あくまで執行手続上配当金の正当な受領権限を付与する目的のために作成されるにすぎないから、これによって、実体的な債権の存否ないしその額や担保権の存否や順位について確定するものでないことはいうまでもないところである。

ところで、配当表は、実体法の規定にのみ従って作成されるものではなく、全債権者の合意があれば、それが配当を受けるべき債権者相互間の実体的な法律関係と一致するものでなくても、執行裁判所はそれに従って配当表を作成しなければならないとされており、その意味で、配当表の作成にあたって、債権者の私的処分による変更の余地が認められている。この場合における全債権者の合意は、各債権者の配当表記載の債権の額の全部又は一部についての配当の順位を、実体法の規定を適用して決定される結果と異なるものに変更することをその実質的内容とするものと考えられる。そして、これを法が配当実施の基礎とすべきものと規定している結果、執行裁判所は、右合意に従って配当表を作成した上、これに基づいて配当を実施しなければならないのであって、これによる各債権者の債権の消滅(満足)という結果は、債権者相互間においては、実体法的にも正当視されるべきものである。したがって、この合意によって各債権者の実体的な債権の存否等についてまで処分ないし確定されるものではないにしても、全債権者の合意による配当表に基づく配当実施後に、ある債権者が、配当表の記載が本来の実体関係と合致しないことを理由として不当利得返還請求をすることは認められないと解するべきである。

また、執行裁判所が実体法の規定に従って配当表を作成する場合であっても、各債権者が過少の債権届出ないし債権計算書の提出といった一方的な行為によって、自ら実体法上の権利関係と適合しない配当の実施に甘んじることは何ら差し支えないし、他方、配当表の記載に不服のある債権者は、配当異議の申出及び配当異議の訴えによってこれを争うべきものとしているのである。すなわち、配当財団の分配については、執行手続中における各債権者からの申出や資料の提出、さらには配当期日における配当異議の陳述や書証の提出を通じて、各債権者が自ら自己の権利を主張するとともに、互いに他の債権者の実体上不当な主張を排除することによって、配当実施の基礎となる配当表の作成が行われることが制度上予定されており、このようにして作成された配当表に基づく配当財団の分配について各債権者間の調整を図る方法として、配当異議の申出及び配当異議の訴えという救済手段を用意し、かつ、各債権者に対してこの救済手段を行使する機会を保障しているのであって、しかも、配当異議の申出には特に理由やその疎明が制度上必要とされていないのである。

そうしてみると、仮に配当表の記載が各債権者間の実体的な法律関係と一致していないものであったとしても、配当に与かるべき債権者が適式な配当期日の呼出しを受けながら配当期日に出頭せず、あるいは出頭しても配当異議の申出をせず、又は配当異議の申出をしても所定の期間内に配当異議の訴えを提起しないなどの場合には、もはや配当表の記載を争うことができない旨の消極的な効果の発生を認めることができるものというべきである。そして、執行裁判所は、配当異議の申出等のない場合には、当該配当表に基づいて配当を実施すべき義務があるのであって、してみれば、配当表のうち配当異議の申出等のない部分については、それに記載された各債権者の債権についての配当の順位の変更及び当該配当表に基づく配当の実施を全債権者において異議なく承認したものと同様に評価することができ、換言すれば全債権者の合意があった場合と同じようにみることができよう。このようにして配当金の交付を受けることは、各債権者間の調整といういわば横の関係においては、配当期日において全債権者の合意により作成された配当表に基づく配当の実施があった場合と同様に、執行手続上正当化されるのみならず、これによる債権の消滅(満足)という結果が債権者間においては実体法的にも正当なものとして取り扱われるという効果を伴うものというべきであるから、不当利得法上も「法律上の原因」を有するものといわなければならない(債権者からの配当異議の訴えは個別相対的な配当表の変更を求める訴訟法上の形成の訴えたる性質を有すると解されるところ、配当異議訴訟の判決確定後右訴訟で敗訴した当事者が不当利得返還請求をすることも許されないと解するべきである。)。

なお、本件原告のような一般債権者の場合には、競売の対象となった目的不動産について一定の価値支配権を有するわけでないし、当該配当手続によって本来受けるべき額の配当を受けることができなかったとしても、弁済を受けなかった額について債権が消滅するわけではなく、債務者の他の責任財産から、同様に一般債権者としての満足を受けることが可能であることに留意すべきであろう。

したがって、本件事案のような配当異議の申出をしなかった一般債権者には、実体的な法律関係と合致しない配当表に基づいて配当が実施されたとして、後日他の債権者に対して不当利得返還請求をする権利がないと解するべきである。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 豊澤佳弘)

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